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『色なしめがね 第四話 感動 』

その日の退社後、健二は特販三課のメンバーと営業部長の木山を含めた、
総勢9名で会社の近くの居酒屋に居た。




『それでは、今から我が特販三課恒例の懇親会を始めさせていただきます。

本日はスペシャルゲストとして、われらが第二営業部の木山部長にも
参加いただいていますので、

まずは部長にあいさつと乾杯の音頭をとっていただきます。
それでは部長、よろしくお願いします。』



『みんな、今月の売り上げ達成ご苦労様!みんなの努力に感謝するよ。

特販三課の頑張りが営業部を牽引してくれているからな!

今夜は、この一ヵ月のストレスを発散してもらって、
来月も引き続き頑張ってもらいたい。

それじゃ、乾杯!』



木山は40歳を越えたばかりだが、営業前線で常にトップクラスの成績を上げ、
35歳という若さで部長に昇進し、次期役員の最有力候補である。




仕事に関して、自他ともに対して厳しく、社内では「カミソリの木山」と評されている。



乾杯が終ると、課長の結城はすかさず木山部長のとなりへ行き、ビール瓶を傾けながら、

『部長、今夜は御足労いただき、ありがとうございます。

部長のご指導のおかげで、特販三課の業績も好調に推移させていただいています...』

と、言い終わらないうちに、木山が語気を荒げてこう言った。



『課長、勘違いするんじゃないぞっ!三課の数字なんて特別じゃないぞ。
まだまだ目標からすると低い数字なんだからな。』



『はいっ!部長のおっしゃる通りで...』



こう木山に対し、媚びへつらう結城を横目で見ながら、
健二はとてつもない嫌悪感を感じていた。



横から柴田が

『見てられませんね』

とおどけたように耳打ちした。



宴会も終わりに近づいた時、

『斉田!ちょっとこっちへこいよっ!』

とめずらしく、結城が酔いも手伝って荒々しく健二を自分の席の方へ呼び付けた。



グラスを片手に席を移ると、



『一応、こんな役たたずでも、わたしの教育のおかげで
3/4人前くらいには成長しましたよ!なぁ、斉田っ!』




ろれつの回らない口調で、こう言い放つと
同時に結城は健二の背中を手のひらで強くたたき、顔をのぞきこんだ。



健二はそれに呼応するかのように結城の充血した目をにらみつけた。



すると、健二のめがねはみるみる色が薄れていったが、
時間が過ぎても昼間のような文字は何も表れなかった。



健二は憎しみの満ちた目で結城を凝視していた。



そんな、健二の心中を知ってか、知らずか、
傍らで寝息をたてはじめた結城のことを気に止めもせず、
木山がするどい視線をなげかけながら、健二にこう聞いた。



『斉田、特販三課に欠けているものは何だ?』



木山が第二営業部に赴任し、約三ヵ月がたつが、
健二は木山と言葉を交わすのは今回が初めてに近かった。



しかし、臆することなく、



『厳しさと本音です』と答えた。



『何もわかっちゃいないな。お前もこの酔っ払いと同じだな。
とっとと次の職を探したほうが良いんじゃないか!』



木山は辛辣な言葉を無感情に、かつ流れるようにそう言い放つと、
健二の目をするどく、睨みつけた。



健二は木山の言葉に憤りをおぼえ、思わず拳を強く握りしめ、
木山の鋭い眼光を睨み返した。



すると、健二のめがねの色は薄れてゆき、


<お前の潜在能力を埋もらせるな! 我社の将来を担う人材なんだからな!>


という文字が表れた。



健二は木山の思いがけもしない自分に対する期待の大きさを知り、
思わず溢れ出ようとする涙をごまかすために、
めがねをはずし、おしぼりで顔をぬぐった。



そして、一言絞り出すような声でこう言った。


『ありがとうございます...』


まさかこんな言葉が健二の口から出てくるとは、木山はもちろんのこと、
健二のとなりに座っていた柴田にも想像もできないことだった。



この後、すぐに宴会は締めくくられ、散会となった。






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